経緯
ニームオイルの搾りかす(ニームケーキ)を雨季にあちらこちらに生じる水たまりに撒いておいたところ、その場所にはまったく蚊が発生しなかったという証言からこのプロジェクトは始まった。ニームの幼虫に対する殺虫効果、成虫への生殖抑制効果については世界的に認められていることを知り、ニームを使えば、雨季に大きな被害をもたらしているマラリアを媒介する蚊の数を抑えることで、減らすことができるのではないかと考え、実証実験を行うことにした。

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西アフリカのサハラ砂漠の南縁に位置するマリ共和国では雨季にあたる、7月から10月の間に、毎年多くのマラリアの発症を見ている。この国ではマラリアが幼児死亡原因のトップになっており、その対策は危急とされている。
7月から11月末までの5ケ月間、マリの地方都市、セグー近郊の人口300人程度のMarabougou村を対象地とし、毎週2回、村の全家屋内部、庭にニームオイルの2%水溶液を手押し式の散水ポンプで散布した。また村のすべての排水溝、雨季になって生じた大きな池にはニームケーキの撒布を行った。
9月の中間の時点において、すでに住民からは蚊がいなくなったという多くの証言を得ることができており、11月末の終了後にマラリア発症の抑制効果が明らかになるのではないかという大きな期待があった。
Marabougou村でのニーム撒布の効果を測定するために、近隣の同規模のFanzana村を比較対象地とし、データの比較を行った。
ニーム撒布期間の終了後、地域の保健センターで、MarabougouとFanzanaの受診患者の数を調べ、比較検討を行った。
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統計的にはマラリアの発症抑制を証明できず

2015年11月末、撒布期間終了後、マラリア対策国家計画 Le Programme national de lutte contre le paludisme( PNLP )の医師、Dr Oumar Traore に依頼し、Pelengana Sud保健センターを受診したMarabougou とFanzana、両村の患者数の比較とニーム撒布の効果測定を依頼した。

表1  Marabougou 村でのマラリア発生数 

表1

* 1月から11月まで

表2 Fanzana村でのマラリア発生数

表2

* 1月から11月まで
その結果、2015年7月から11月末までの期間における、Marabougou村のマラリア発症者数は8人、総人口に占める割合は、
8x100/126 = 6,36%
(126 = 302/12ケ月X5ケ月)
一方、Fanzana村における7月から11月末までの6ケ月間の、マラリア発症者数は11人、総人口に占める割合は、
11x100/162 = 6,79%
(162=389/12ケ月X5ケ月)
疫学の専門用語、相対リスクRisque relqtifなる値は、6.26/6.79 = 0.93 となり、5ケ月のニームの撒布とマラリア患者の発生数との間に関係があるとは言えない、という結論が出た。

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実証実験の方法の問題点

我々の意図と異なる結果が出てしまったが、この原因はどこにあるのだろうか。以下、原因として検討した結果である。
1. 村で患者が出ても、多くの場合、保健センターを受診しないという現実がある。保健センターの受診数をベースに統計をとることに無理があった。したがって正確な患者数を知るためには、村に入り、各戸から聞き取り調査などを行う必要がある。実際、この2村において数年間で何人も子供がマラリアと思われる病気で亡くなっているが、保健センターを受診していないため統計上はマラリアによる死亡は0になっている。これも統計の信頼性の低さを表している。

3. 実験対象の選定に問題があったのではないか?ニームの撒布の有効性を、統計的に実証するには、あまりにも対象の規模が小さすぎたのではないか。予算や態勢の問題で限界があるが、もっと大規模に行う必要があるのでは?

4. 対象選定にかかわることであるが、Marabougouは地方都市にも近く( 8km )、家も比較的きれいで、生活水準も高いように見受けられた。マラリアの被害も診療所の報告数でもそれほど多くなく、他の要因でマラリアがある程度防がれていた可能性がある。実験をするならば、もっと被害の多い地域を選ぶ方がよかったのではないか。

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住民からの聞き取り調査でわかったニーム撒布の効果

保健センターのマラリア患者に関するデータからは、ニーム撒布が及ぼすマラリア発症への影響は証明できなかったが、住民に対して行われた聞き取り調査からMarabougouでは、2015年のマラリアの発症が減っていることが明らかになった。
以下、住民の証言である。


Monsieur Bourama Tangara : (Marabougou村、村長) 64 歳,農民
扶養人数: 22人
マラリア発症件数 2014年 10件以上 2015年 3件
Madame Samake Bintou Coulibaly 39歳(寡婦) 5mere de 5児の母
マラリア発症件数 2014年 自分自身を含め4件 2015年 1件
Monsieur Youssouf Tangara : 34 歳 農民 家長 扶養人数8人
マラリア発症件数 2014年 2件 2015年  0 件
Monsieur Soumaila Sidibe : 33歳 農民 家長 扶養人数 8人
マラリア発症件数 2014年 2件 ;2015年 0件
   Madame Kosso Tangara 30 歳 4児の母 主婦
マラリア発症件数 2014年 2人子供と自分自身 2015年 0件
Monsieur Abdoulaye Coumare : 39 歳 農民 扶養人数19人
マラリア発症件数 2014年 10人以上 2015年 子供2件
Madame Fatoumata Tangara : 寡婦 64 歳 扶養人数 8 人 農民
マラリア発症件数 2014年 5件以上 2015年 1件
Monsieur Modibo Tangara :40歳 農民 家長 家族6人 撒布スタッフ
マラリア発症件数 2014年 4人 2015年0人
Madame Aminata Sanogo : 56歳 8 児の母enfants.
マラリア発症件数 2014年 4 人件 2015年 1件
住民によると、Marabougouでは2014年、4人がマラリアにより死亡。 すべて子供だとのこと。2015年のマラリアによる死亡者はいない。

以上8人の証言は、住民約90人カバーしているが、それをまとめると、
2014年のマラリア発症件数 43人以上
2015年のマラリア発症件数 8人
ということになる。もしこの証言が本当であるならば、ニームの撒布が絶大な効果をあげているといえるだろう。同時に保健センターの診療データをもとに、結論を導き出そうとした方法が、住民の保健センター利用状況を考慮するといかに間違った方法かということがわかる。一方で、聞き取り調査がすべての村民をカバーする規模でなされなかったことは、不十分のそしりをまぬがれない。全世帯を対象とした聞き取り調査はこの規模では可能だからであり、それがなされていれば、ニーム撒布に効果があることの説得力はかなり強まるだろう。


ニーム撒布を継続するにあたっての問題点と解決法
今回の実験でニーム撒布の有効性が実証できたならば、commune(最小の行政単位)や国の保健機関にニーム撒布の実施を提言する予定だった。マラリア患者数のデータの取り方が現実に合わない方法だったこともあり、はっきりとした効果の証明はできず、行政への提言には至らなかった。さらなる実証実験を行うのであれば、規模を拡大し、予算、執行態勢、検証態勢を充実させる必要がある。
Perengana sud communeには、今回の実験を説明し、2016年のニーム散布を他の村で継続するよう提案した。しかしながら、財源不足を理由に予算化することはできなかった。この国の慢性的な財源不足を考えると、大がかりな実証実験は援助に頼らざるをえないのではないかと思う。
一方で当事者であるMarabougouの住民のかなりの人々が、雨季におけるニーム撒布の継続を希望していた。昨年の撒布はすべてのニームオイル、ニームペースト、ニームケーキという材料をマリニーム協会で無償提供し、かつ撒布スタッフの日当も1人1000f(200円)支給していた。今後、それを自前でまかない、村ぐるみで散布を行えるかどうかそれはひとえに住民自身のやる気にかかっている。しかし雨季は住民にとって忙しい農業の時期でもある。忙しい時期に自分たちのためとはいえ、現金にならない時間を割くことになり、ハードルは低くはない。ニーム撒布の継続を可能にするため、次の方法を提案したい。
1.材料はニームの実の中身を砕いたニームペーストと実を搾ったニームオイルを使用した。使いやすく、安定した効果が期待できるが、それを作るのにかなり手間と熟練を要する。簡単な機械も必要となる。購入するとなるとオイルは1L 6000f (1200円) ほどかかる。もう少し簡単に材料を用意する方法を追求すべきだ思う。ケニアの村落で住民の手でニームの水溶液を作り使用していた例があった。自分たちの手で簡単に材料を作り出せれば、ニーム使用のコストと時間のハードルも下がるのではないか。
2.村落で組織的にニームの散布を行うのではなく、各家族で自分の家とその周りへの散布を行うところから始めてはどうだろうか。毎日、それぞれの家で撒布する液を簡単な方法で作り、家の中と庭に掃除の時に撒くことはそれほど大掛かりな取り組みを必要としない。村単位でやらなくても家単位でも効果は表れてくるだろう。村の中で、ニームを使った家とそうでない家の蚊の数の違いとも出てくるのではないか?したがって、村単位での取り組みが難しい場合でも、個人的に実行することを勧めていくべきであろう。

農業分野におけるニームの使用

蚊の発生を抑えて、マラリアを抑制するために利用する以外にも、ニームは、忌虫作用、殺虫作用を、人体に安全な天然の農薬として有機農業に利用できる。すでに日本でも使用している例があり、かなりの効果をあげている。
マリでは、facebookのマリニーム協会のページに「いいね」が200以上集まり、関心を持っている人々の情報交換の場所もできつつある。3月にマリの首都バマコで行われた農業関係の展示会 SIAGRI 2016 でも、有機農業生産者が出展していて、ニームについて意見交換を行い、多くの関心を持たれていることが分かった。今後は、農業生産者に働きかけ、農業分野においてもニームを実験的に使用し、データを集めていくつもりである。

マリ・ニーム協会facebookページ

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